私がフランス語を使った仕事を見つけるまでにしてきたこと徹底解説

    Bonjour(ボンジュール).C’est Monsieur A(セ ムシュー ア).     皆さんも様々な目標や夢があると思います。しかし、それを具現化するには圧倒的な努力と時流の波に乗ることが必要です。今回の記事では、Monsieur Aがフランス語の仕事を見つけるまでにしてきたことについて徹底的に解説したいと思います。       大学時代   私の大好きなフランス語との出会いは、大学生の時でした。高校の時に英語を勉強していて、大学では違う言語をしてみたいと思い、なんとなく他の言語に比べて良いイメージを持っていたフランス語にしたというのがきっかけです。大学入試の小論文では、「オリンピックのような国際大会の言語にもなっている世界でも重要な言語。」と書いていました。大学は、フランス語を勉強するために、関西大学のフランス語学科を選びました。大学入学後に、フランス語に取り組もうと意気込んで入りましたが、結局フランス語の難しさに挫折し、普通の勉強しない文系の大学生の生活を送っていました。偶々大学主催ででフランスへの1ヶ月のアンジェへの語学セミナーがあるということで、フランスに行ったこともなかったので友達と一緒に行くことに決めました。現地では、パリや留学先のアンジェ、そして、エクスカーション(遠足)でサンマロや、モンサンミッシェル、近くのナントなど色々な都市を訪れました。   3週間ほどアンジェにある西カトリック大学の語学学校で勉強しましたが、クラス分けテストで一番下のクラスに入り、ホームステイ先ではフランス語を話せないので英語で話される始末。勉強もろくにしていなかったので当たり前のことですが、当時相当悔しく感じたことを記憶しています。それから一念発起し、リベンジのため1年後にもう一度同じ留学先、同じホームステイ先に行くと決意しました。   「一度決めるとあとはもうやるだけ!」       一念発起し、フランスのアンジェへ1年留学   フランスへの1年留学の前には、フランス語検定2級レベル、TOEICも375点から690点まで上がりました。いざリベンジと意気込んで留学先でクラス分けテストを受けると、なんとDELF B2レベルの最上級クラスに入りました。この時は嬉しかったのですが、会話やリスニングの能力が足りなさすぎて後々クラスを落としてもらうことになります。悔しかったので、また勉強しました。1学期目が終わり、2学期目はC1クラスに入るのが目標でしたが、目標叶わずDELF B2の最上級クラスで2学期目を迎えることとなりました。この悔しさがあり、たくさんフランス語を勉強しましたが、留学先でしかできないこと、旅行や現地での友達やホームステイ先の人と話したり最大限に留学を楽しみました。       就職活動と新卒時代   フランス留学が終わると、就職活動をしなければいけない時期になっており、将来についてたくさん考えました。ゼミの先生に「フランス語を使った仕事がしたいです。」と相談しましたが、「英語ができないとフランス語の仕事は難しい。」と言われました。やっぱりフランス語を使った仕事を見つけるのは難しいんだと現実を理解しました。当時貿易関係の仕事であれば、語学を活かせるし、貿易の専門知識を得られる。しかも、国際物流であれば何か本質がわかるかもと、大手フォワーダーの仕事に決まりました。フランス支店にいける可能性があるというのが私の就職活動の軸でした。厳しい現実でしたが、30社程の会社に応募し、受かったのがこの1社だけでした。もっと自分に嘘をついて給与が高い会社という軸で就活をしておけば良かったと思います。というのは、何れ会社員は辞めると決めていたから、会社員時代は、貯金して勉強する期間でしかなかったのです。   当初は、フランス支店に駐在させてもらうか、3年間働いてフランスの大学院へいき、通訳や翻訳を専門的にしたいと思っていました。因みに、当時DELFB2もフランス語検定準1級もTOEICも900点近くまで取得していました。働いてみてわかったことは、フランス駐在の仕事は若手には回ってこないということと日本とフランスの貿易は少ないということでした。食品・モード・ワインなどは多くあるとは思いますが、なぜかそこに興味はいきませんでした。一社フランスのワイン会社からオファーを頂きましたが、結局転職はしませんでした。それでも、フランス語を使った仕事がしたいと考えていたので、自分が何をしたいかを不特定多数の人に発信できるSNSを始めてみました。自分のしたいことを日記で書いたり、Twitterで発信したりすることで、沢山の方に励まされました。フランス語勉強に当たり、大変モチベートされました。仕事が休みの時は、フランス語を勉強したり、本を読んでどのような可能性があるか探りました。         福岡から京都への転勤、フリーランスへ   4年間福岡で勤務した後、会社から京都への転勤の指令が出ました。福岡で仲良くなったフランス人の友達の紹介で「京都でフランス語でガイドをしないか?」と声をかけてもらいました。チャンスを待ち続けて準備をしていると、予期せぬところで巡ってくるのだという経験をしました。紹介してもらったフランス資本の旅行代理店の仕事を2年ほど手伝わせて貰い、とても気に入ったのでそこの会社から仕事を委託させて頂き、独立を決意しました。現在フリーランスになり、2年目となりますが、個人のサイトやSNSを通して顧客を獲得できるまで成長することができました。いつか独立することは会社員の時に決めていたので、語学だけでなく、お金周りのことについても並行して勉強していました。観光業を営むことは、経済や自然災害に影響を受けやすく何か起きた時に何年か耐えられる資産を備えておかなければならないと考えていました。     【こちらの本に考え方がわかりやすく解説されています】             最後まで読んで頂き、ありがとうございました。一度だけの人生だから、したいことをするために準備をして独立することは幸せなことだと考えています。それを実現するために、「欲望の強さと行動力、それを支える精神と肉体のタフネス、それこそが自由への扉!!」               では、今週も良いフランス語ライフを!!A la prochaine 🙂   【フランス語勉強に便利な記事を紹介】必見!本当に役立つフランス語学習WEBサイト3つを紹介(おまけ付き)   Monsieur Aの電子書籍 累計150部突破しました!! フランス旅行ランキングフランス語ランキング